お知らせ
もう日本を出て一ヶ月半くらい経っちゃったけど、今回の旅用に新しいブログを立ち上げました。
番外編ブログとして。
写真が多く、ここだとパンクしそうだし、今回は長い番外編なので分けようと。
なので、次回からはこちらで。
http://tabibitogokko.blog15.fc2.com/
あと、メールフォームからメッセージや旅に役立つ情報など頂けると嬉しいです。
番外編ブログとして。
写真が多く、ここだとパンクしそうだし、今回は長い番外編なので分けようと。
なので、次回からはこちらで。
http://tabibitogokko.blog15.fc2.com/
あと、メールフォームからメッセージや旅に役立つ情報など頂けると嬉しいです。
ベトナム4日目
ホーチミンに着いて苦労して見つけた宿はファングーラオ通り沿いのゲストハウス。
オーシャン。
ダブル12ドル→交渉し11ドル(初日のみ10ドル)
前はもっと安いゲストハウスも多かったらしいけど、10軒以上周っても10ドルを下回るところは2軒くらい。
でもそこは、部屋を見せてもらうと、ドアを開けた途端、リアルミッキーがいたり、窓もなく狭くてボロボロだったり。
年単位で宿代も上がっているらしい。
ってことで、ここのゲストハウスは全体的にバランスが取れていたので。
波田陽区似のスタッフも気に入った。
しかし、ホーチミンは都会です。
個人的な感覚ですが、今回行った町を都会順に並べると、
バンコク>クアラルンプール>ホーチミン>ペナン島>>>プノンペン
かなぁ。
やっぱりカンボジアは断トツ遅れているような。
でも体感交通量はプノンペンがNo1。
実際の交通量はホーチミンやバンコクのほうが多いんだと思うけど、プノンペンの排気ガスと砂煙と殺人的な運転の荒さで、体感的には一位。
とにかく、全体的に東南アジアはどこもバブルの空気を感じる。
至る所で建物や道路を建設しているを見るし、ちょっと前に訪れたことがある人は皆 『数年前とは全然違う』 って言ってる。
ここホーチミンも凄い。
現地の人も 『10年後には、えらいことになってる』 みたいなことを言ってた。
日本のニュースでもベトナムに進出する企業の話題をよく見るし、妹の旦那とか周りの知り合いでも出張や転勤でベトナムに行く人も多い。
ただ、まだ今は地方との差が激しいらしいので、今後そういう格差をどんどん無くしていって欲しいですなぁ。
そういえば、ホーチミンに来る時のバスで、偶然自分達の前の席が日本人の大学生2人組だったので、ボーダーとかで少しだけ話をした。
ホーチミンに着いてすぐ別れたけど、昨日昼に町を歩いていたら、また偶然会って、これも何かの縁なので夕飯でも一緒に行こうと。
ローカルな屋台へ。
彼らは東京の大学生。
タイチ君とスギモト君。
今3年生で、卒業後は大学院に進むらしい。
DNAやら遺伝子工学やら、なんか難しい勉強をしている、と。
SFFとかスポーツ工学なら、僕みたいな野球バカは良く耳にするけども。
若い子を見つけたら、 『カセットに録音する時、家族がドアを開ける音とかが入ってムカついたりしたことないでしょ?』とか、 『ゲームウォッチって知らないでしょ?ハードとソフトが1対1なんだよ。』 とか、 『ディスクシステムとかツインファミコンとかPCエンジンって知らないでしょ?』 って毎回聞いてしまう。
聞いて何になる?
自分が歳を取ったことを、自分で改めて実感して、何の得にもならん悪い癖だ。
でも、僕らの年代は、昔レコードもカセットテープも使ってたし、今はCDもDVDもパソコンも携帯もガンガン使ってる。
アナログからデジタルへの切り替わりをギリギリ体感できた年代。
そういうのを自慢したいのかなぁ。
まぁ、だから何? って話ですが。。。
ちなみに、彼らと飲んでて、話の途中で、僕の地元が熊本だっていう話をした。
そしたら、その大学生の一人、スギモト君が 『えっ、俺も熊本の出身ですよ』 と。
『まじで!熊本のどこ?』
『市内です。』
『どこ中だった?』
『長嶺中です』
。。。。
隣の中学たい!
旅をしていると、色んな人種や文化や歴史を見て、世界は広いって思う。
でも、ここベトナム・ホーチミンで偶然会った男の子が隣の中学出身の子って、意外と世界は狭いかもって思った。
そこからお決まりの熊本トーク。
阿蘇山が本気の噴火をしたら日本は沈む、とか、武者返しの反り具合や、ばってん荒川の命日はなぜ国民の休日にならないのか、などなど。
そして周りはウザそうにしてました。。。
彼らと行った貝料理の屋台。うまかった。





大都市。


やっぱりバイクが多い。

家電量販店も最近増えているらしい。

サイゴン大教会。

中央郵便局。

中。

電話ボックスとATM。洒落てる。


西遊記?


お葬式でした。
でも、楽器隊もいて賑やか。
自分もこれくらい賑やかな葬式だったらやってもらいたいかも。


これ、ガム?
えっ、うんこ?!
の像。

えっ、足の裏で占うんすか?
の像かも。
眉毛も素敵。
平和です。
公園でスポーツやってたり、踊りの練習してたり、ウォーキングしてたり。

そして、いちゃついてたり。

平和だ。
オーシャン。
ダブル12ドル→交渉し11ドル(初日のみ10ドル)
前はもっと安いゲストハウスも多かったらしいけど、10軒以上周っても10ドルを下回るところは2軒くらい。
でもそこは、部屋を見せてもらうと、ドアを開けた途端、リアルミッキーがいたり、窓もなく狭くてボロボロだったり。
年単位で宿代も上がっているらしい。
ってことで、ここのゲストハウスは全体的にバランスが取れていたので。
波田陽区似のスタッフも気に入った。
しかし、ホーチミンは都会です。
個人的な感覚ですが、今回行った町を都会順に並べると、
バンコク>クアラルンプール>ホーチミン>ペナン島>>>プノンペン
かなぁ。
やっぱりカンボジアは断トツ遅れているような。
でも体感交通量はプノンペンがNo1。
実際の交通量はホーチミンやバンコクのほうが多いんだと思うけど、プノンペンの排気ガスと砂煙と殺人的な運転の荒さで、体感的には一位。
とにかく、全体的に東南アジアはどこもバブルの空気を感じる。
至る所で建物や道路を建設しているを見るし、ちょっと前に訪れたことがある人は皆 『数年前とは全然違う』 って言ってる。
ここホーチミンも凄い。
現地の人も 『10年後には、えらいことになってる』 みたいなことを言ってた。
日本のニュースでもベトナムに進出する企業の話題をよく見るし、妹の旦那とか周りの知り合いでも出張や転勤でベトナムに行く人も多い。
ただ、まだ今は地方との差が激しいらしいので、今後そういう格差をどんどん無くしていって欲しいですなぁ。
そういえば、ホーチミンに来る時のバスで、偶然自分達の前の席が日本人の大学生2人組だったので、ボーダーとかで少しだけ話をした。
ホーチミンに着いてすぐ別れたけど、昨日昼に町を歩いていたら、また偶然会って、これも何かの縁なので夕飯でも一緒に行こうと。
ローカルな屋台へ。
彼らは東京の大学生。
タイチ君とスギモト君。
今3年生で、卒業後は大学院に進むらしい。
DNAやら遺伝子工学やら、なんか難しい勉強をしている、と。
SFFとかスポーツ工学なら、僕みたいな野球バカは良く耳にするけども。
若い子を見つけたら、 『カセットに録音する時、家族がドアを開ける音とかが入ってムカついたりしたことないでしょ?』とか、 『ゲームウォッチって知らないでしょ?ハードとソフトが1対1なんだよ。』 とか、 『ディスクシステムとかツインファミコンとかPCエンジンって知らないでしょ?』 って毎回聞いてしまう。
聞いて何になる?
自分が歳を取ったことを、自分で改めて実感して、何の得にもならん悪い癖だ。
でも、僕らの年代は、昔レコードもカセットテープも使ってたし、今はCDもDVDもパソコンも携帯もガンガン使ってる。
アナログからデジタルへの切り替わりをギリギリ体感できた年代。
そういうのを自慢したいのかなぁ。
まぁ、だから何? って話ですが。。。
ちなみに、彼らと飲んでて、話の途中で、僕の地元が熊本だっていう話をした。
そしたら、その大学生の一人、スギモト君が 『えっ、俺も熊本の出身ですよ』 と。
『まじで!熊本のどこ?』
『市内です。』
『どこ中だった?』
『長嶺中です』
。。。。
隣の中学たい!
旅をしていると、色んな人種や文化や歴史を見て、世界は広いって思う。
でも、ここベトナム・ホーチミンで偶然会った男の子が隣の中学出身の子って、意外と世界は狭いかもって思った。
そこからお決まりの熊本トーク。
阿蘇山が本気の噴火をしたら日本は沈む、とか、武者返しの反り具合や、ばってん荒川の命日はなぜ国民の休日にならないのか、などなど。
そして周りはウザそうにしてました。。。
彼らと行った貝料理の屋台。うまかった。





大都市。


やっぱりバイクが多い。

家電量販店も最近増えているらしい。

サイゴン大教会。

中央郵便局。

中。

電話ボックスとATM。洒落てる。


西遊記?


お葬式でした。
でも、楽器隊もいて賑やか。
自分もこれくらい賑やかな葬式だったらやってもらいたいかも。


これ、ガム?
えっ、うんこ?!
の像。

えっ、足の裏で占うんすか?
の像かも。
眉毛も素敵。
平和です。
公園でスポーツやってたり、踊りの練習してたり、ウォーキングしてたり。

そして、いちゃついてたり。

平和だ。
ベトナム2日目
数日、ちょっとした問題があり更新ができませんでした。。。
カンボジアナショナルチームと別れプノンペンに戻ったあと、すぐ移動。
プノンペンの喧騒から離れたく。
しかし、プノンペンのトゥクトゥク、モトー(バイタク)攻撃は凄かった。
タイやマレーシアとは比べ物にならん位の客引き。
朝、ゲストハウスを出ると 『トゥクトゥク?キリングフィールド?ミュージアム?』
と、まず3人くらいから言われる。
また少し歩くと 『トゥク?』
道を渡ると 『モーターバイク?』 『トゥク?』 『ハッパ?』
飯を食って出てくると 『ウェアユーゴーイン?トゥク?』
しまいには、自転車やバイクに乗ってるのに 『トゥク?トゥモロートゥク?』
一日に20回以上はこれが続く。。。
彼らもお仕事だし、ここまで言われると逆に感心させられるけど、やっぱり少し疲れる。
それと、排気ガス&砂煙&部屋がサウナ状態、ってのが辛かったので。
結構カンボジアにも長居しちゃったし、次のベトナム・ホーチミンに移ろうかとも思ったけど、ホーチミンも騒がしい町だろうし、少しクッションを置こうと。
ってことで、この旅2度目のビーチリゾートへ。
今回の旅の前は、カンボジアにビーチリゾートがあるって知らんかった。
シアヌークビル。

プノンペンからバスで5時間(5ドル弱くらい)。
まだ今もガンガン開発してるって感じ。
現地のローカル屋台で知り合ったムラカミさん(66歳)曰く、 『ここは毎年来るたび色んな建物が出来てて、どんどん発展しているんだよ』 と。
バンコクからもプノンペンからも遠くないし、海もそこそこ綺麗だし、物価も安いし、確かに良い場所かもしれん。
アジア人はあんま見らんかったけど、欧米人はえらく多かった。
バスで着いて、そこからバイタクと交渉し、2台1ドルで安宿探し。
どんどん宿代も上がっているのか、どこも事前に調べた情報より高く、結局4つくらい周って決めました。
SOKHOM。
(ツインで12ドル→交渉で10ドル)

別名、ヘラ・ヘラオ宿。
いつもヘラヘラしているホテルスタッフがいる。
シアヌークビルには、ビクトリービーチ、セレンディプティビーチ、オーチティルビーチ、オートレスビーチ、などなど幾つかのビーチがあって、一番栄えているのが、セレンティビティービーチやオーチティルビーチ辺り。
この宿はその近くで、海まで歩いて1分かからん。
立地と2階のテラスが良かったので。
バイタクのお兄ちゃん達には、ワガママ聞いてもらったのに、嫌な顔せず?付き合ってくれたので、1台あたり1ドルずつ渡しました。
翌日、レンタルバイク(5ドル)を借りて探索。
他のビーチに行ったり市場に行ったり。
プノンペンとは違って、とても快適だった。
ちなみに、なぜブログが更新できんかったというと、ここに3泊中、2日日間、停電。。。
それも、うちの宿だけじゃなくて、辺り一体が。
(スタッフは町全体って言ってたけど、遠くに明かりが結構見えてたので)
真っ暗になっている宿もあったり、いくつかの店や宿は発電機で凌いでたけど、うちの宿は小さい発電機でフロントやテラスの明かり程度。
初日は少しして復旧したけど、2日目は寝る直前まで復旧せず。
部屋に蝋燭立てて、シャワーもヘッドライトで照らしながら。。。
まぁ、そんなこんなでネットが使えず。
でも、なんか久々の停電生活が以外に懐かしく楽しかった。
子供の頃は台風や雷雨で、よく停電してたなぁって。
中学の頃、九州で大きな被害を受けた台風19号の時は、塾の夏期講習で蝋燭立てて勉強してたし。
たまには、電気の無い生活も新鮮でいい。
日本もエコの一環で、週一か月一位で、ノー電気デイってのを作ったら面白いかも。
困る企業や店も出てくるかもしれんけど、みんなが使えんならいいんじゃ?
そういえば、停電中、他の宿泊客から色々文句を言われたようで、ヘラ・ヘラオはメソ・メソオになってました。
ちなみに、今はベトナム・ホーチミン。
シアヌークビルから、プノンペン乗換えのバスで14時間かけて、昨日着きました。
朝7時に出て、着いたのが21時。
夜遅かったので、宿探しがメチャメチャ大変でした。。。
ビーチ。




遊園地?
この観覧車が動くと凄い。

高速観覧車。

市場内。

バイクで走ってて遭遇した水牛の群れ。

ヘラ・ヘラオ宿のテラス。

テラスからの風景。

ビーチは夜も賑やか。


夜のビーチとシーフードには、やっぱ麦酒。
全部で3.5ドル。

あと、最後にカンボジア満腹写真。
プノンペンの飯。
やっぱり肉。

湖の近くの、安くて美味くて、可愛い子がいるカレー屋。



泥棒髭と可愛い子。

市場の飯。
どちらも1ドル。


シアヌークビルの飯。
市場の飯。
どちらも1ドル弱。


屋台飯。
どちらも1.5ドルくらい。

これも屋台飯。
2.5ドルくらい。


これは食べ物じゃないけど。。。
カンボジアの至る所で遭遇する、チンチョ。
ヤモリ。

ゲストハウスにも飲食店にも至る所にいる。
カンボジアではヤモリTシャツも売ってて、現地の人に聞いたら、ヤモリはラッキーアニマルらしい。
タイやマレーシアにもヤモリはいたので、虫や小動物が苦手な僕もいつの間にか慣れた。
プノンペンはちょいと騒がしかったけど、総じてカンボジアはとてもいいところでした。
カンボジアナショナルチームと別れプノンペンに戻ったあと、すぐ移動。
プノンペンの喧騒から離れたく。
しかし、プノンペンのトゥクトゥク、モトー(バイタク)攻撃は凄かった。
タイやマレーシアとは比べ物にならん位の客引き。
朝、ゲストハウスを出ると 『トゥクトゥク?キリングフィールド?ミュージアム?』
と、まず3人くらいから言われる。
また少し歩くと 『トゥク?』
道を渡ると 『モーターバイク?』 『トゥク?』 『ハッパ?』
飯を食って出てくると 『ウェアユーゴーイン?トゥク?』
しまいには、自転車やバイクに乗ってるのに 『トゥク?トゥモロートゥク?』
一日に20回以上はこれが続く。。。
彼らもお仕事だし、ここまで言われると逆に感心させられるけど、やっぱり少し疲れる。
それと、排気ガス&砂煙&部屋がサウナ状態、ってのが辛かったので。
結構カンボジアにも長居しちゃったし、次のベトナム・ホーチミンに移ろうかとも思ったけど、ホーチミンも騒がしい町だろうし、少しクッションを置こうと。
ってことで、この旅2度目のビーチリゾートへ。
今回の旅の前は、カンボジアにビーチリゾートがあるって知らんかった。
シアヌークビル。

プノンペンからバスで5時間(5ドル弱くらい)。
まだ今もガンガン開発してるって感じ。
現地のローカル屋台で知り合ったムラカミさん(66歳)曰く、 『ここは毎年来るたび色んな建物が出来てて、どんどん発展しているんだよ』 と。
バンコクからもプノンペンからも遠くないし、海もそこそこ綺麗だし、物価も安いし、確かに良い場所かもしれん。
アジア人はあんま見らんかったけど、欧米人はえらく多かった。
バスで着いて、そこからバイタクと交渉し、2台1ドルで安宿探し。
どんどん宿代も上がっているのか、どこも事前に調べた情報より高く、結局4つくらい周って決めました。
SOKHOM。
(ツインで12ドル→交渉で10ドル)

別名、ヘラ・ヘラオ宿。
いつもヘラヘラしているホテルスタッフがいる。
シアヌークビルには、ビクトリービーチ、セレンディプティビーチ、オーチティルビーチ、オートレスビーチ、などなど幾つかのビーチがあって、一番栄えているのが、セレンティビティービーチやオーチティルビーチ辺り。
この宿はその近くで、海まで歩いて1分かからん。
立地と2階のテラスが良かったので。
バイタクのお兄ちゃん達には、ワガママ聞いてもらったのに、嫌な顔せず?付き合ってくれたので、1台あたり1ドルずつ渡しました。
翌日、レンタルバイク(5ドル)を借りて探索。
他のビーチに行ったり市場に行ったり。
プノンペンとは違って、とても快適だった。
ちなみに、なぜブログが更新できんかったというと、ここに3泊中、2日日間、停電。。。
それも、うちの宿だけじゃなくて、辺り一体が。
(スタッフは町全体って言ってたけど、遠くに明かりが結構見えてたので)
真っ暗になっている宿もあったり、いくつかの店や宿は発電機で凌いでたけど、うちの宿は小さい発電機でフロントやテラスの明かり程度。
初日は少しして復旧したけど、2日目は寝る直前まで復旧せず。
部屋に蝋燭立てて、シャワーもヘッドライトで照らしながら。。。
まぁ、そんなこんなでネットが使えず。
でも、なんか久々の停電生活が以外に懐かしく楽しかった。
子供の頃は台風や雷雨で、よく停電してたなぁって。
中学の頃、九州で大きな被害を受けた台風19号の時は、塾の夏期講習で蝋燭立てて勉強してたし。
たまには、電気の無い生活も新鮮でいい。
日本もエコの一環で、週一か月一位で、ノー電気デイってのを作ったら面白いかも。
困る企業や店も出てくるかもしれんけど、みんなが使えんならいいんじゃ?
そういえば、停電中、他の宿泊客から色々文句を言われたようで、ヘラ・ヘラオはメソ・メソオになってました。
ちなみに、今はベトナム・ホーチミン。
シアヌークビルから、プノンペン乗換えのバスで14時間かけて、昨日着きました。
朝7時に出て、着いたのが21時。
夜遅かったので、宿探しがメチャメチャ大変でした。。。
ビーチ。




遊園地?
この観覧車が動くと凄い。

高速観覧車。

市場内。

バイクで走ってて遭遇した水牛の群れ。

ヘラ・ヘラオ宿のテラス。

テラスからの風景。

ビーチは夜も賑やか。


夜のビーチとシーフードには、やっぱ麦酒。
全部で3.5ドル。

あと、最後にカンボジア満腹写真。
プノンペンの飯。
やっぱり肉。

湖の近くの、安くて美味くて、可愛い子がいるカレー屋。



泥棒髭と可愛い子。

市場の飯。
どちらも1ドル。


シアヌークビルの飯。
市場の飯。
どちらも1ドル弱。


屋台飯。
どちらも1.5ドルくらい。

これも屋台飯。
2.5ドルくらい。


これは食べ物じゃないけど。。。
カンボジアの至る所で遭遇する、チンチョ。
ヤモリ。

ゲストハウスにも飲食店にも至る所にいる。
カンボジアではヤモリTシャツも売ってて、現地の人に聞いたら、ヤモリはラッキーアニマルらしい。
タイやマレーシアにもヤモリはいたので、虫や小動物が苦手な僕もいつの間にか慣れた。
プノンペンはちょいと騒がしかったけど、総じてカンボジアはとてもいいところでした。
カンボジア16日目
カンボジア野球。
来年2012年のロンドンオリンピックで、野球は除外される。
世界的に見ると、野球はマイナースポーツ。
ここ東南アジアでも、それはとても強く感じる。
勿論、テレビではやっとらんし、キャッチボールすらやっている人を見かけん。
そもそも野球っていうスポーツを知らん人も多いし、殆どのスポーツ店にもグローブすら置いとらん。
で、カンボジアに来てからも、ダメもとで野球をやっている場所がないか調べてた。
そしたら、カンボジアで野球連盟ができたという記事を見つけた。
そこから数日がかりで、カンボジアナショナルチームの存在と、そこで日本人がコーチをしているという情報を得た。
そして、なんとか本人とアポイントを取り会いに行ってきました。
コンポントゥモーというプノンペンから150km離れた町。
コンポントゥモー行きのバスは無いらしく、シェムリアップ行きのバスで途中下車するしかない。
英語を話せない運転手に何度も念を押し、なんとか無事に着くことができた。
今までいたシェムリアップやプノンペンとは雰囲気がまるで違う。
ローカルなカンボジア。
馬車が走ってて、英語が通じない人達。
彼(タカユキ君)は青年海外協力隊として、昨年10月からこちらに派遣された。
ここで一人で生活している彼を尊敬する。
しかも後から聞いたけど、彼は初の海外らしい。
自分が彼の年齢の時に、ここに放り出されたら、一週間で逃げ出して北熊ラーメンでも食ってたかも。
タカユキ君が迎えに来てくれて、一緒にグラウンドへ。
事前の話で、ナショナルチームといっても、とても下手だと聞いていた。
でも、実際見てみたら、想像よりはしっかり野球をしてた。
正直、試合で考えたら、もしかすると日本の中学生にも負けるかもしれん。
細かいことを言えば、ルールをちゃんと知らなかったり、基本のプレーが出来ていなかったりするから、試合単位で考えると、日本は中学生でもある程度、基本が出来ているので。
でも、彼らはちゃんと教えてくれる人も今までいなかっただろうし、野球自体を知らなかった人達で、しかも始めて間もない、と思えば、結構ちゃんと野球になってたので驚いた。
とにかく、まだカンボジア野球は始まったばかりなので、細かい部分は一つずつ積み重ねていけばいいと思う。
タカユキ君に『ちょっと教えてあげてください』と言われ、少し一緒に練習した。
そして、自分の指導のおかげで彼らは見る見る上達した。
と言いたいけど、自分のイメージと自分の体が一致せず、暴投は投げるわ、動きは鈍いわ。。。
渡れると思って車に轢かれる老人のような。
自分の情けなさに、自分も数ヶ月ここで練習したほうがいいと思うくらい。
しかし、みんなとても楽しそうにプレーしてて、練習も明るく元気にやっているし、試合では一個アウト取るだけでハイタッチして喜んで。
そういうのを見てて、野球の原点、スポーツの原点を、逆にこちらが教えられた気がした。
スポーツができるというのは平和の象徴でもあるし、こんなに楽しそうに野球をやっている青年達を見て、とにかくずっとこの国で楽しくスポーツを続けられる環境が続けばいいな、って思った。
突然の連絡、そして突然の訪問にも関わらず(しかも調子に乗って2日間も滞在)、とてもよくしてもらい、タカユキ君にはホント感謝してます。
あと、初日の夜、一緒に飲んでて、彼の一つの夢を聞いた。
彼は 『カンボジアの選手達を日本に一度連れて行きたい』 と。
カンボジアの選手達は現在、試合の相手も殆どいない。
同じチームを二つに分けて試合をしている。
自分達がどれだけ強いのか(弱いのか?)も分からない。
日本の野球を見せて、できれば高校生とかと試合をさせて、負けるかもしれんけど、それはそれで自分達の実力を測る良い機会にもなる。
そしてそれは彼らにとって良い刺激になるし、勉強にもなるはず。
プロ野球を観にいけば、その華やかさに彼らの夢も広がるかもしれない。
結論、カンボジア野球の発展に繋がる、と。
とても素敵なことだし、是非、実現させて欲しいと思う。
ただ、一つ問題が。
資金が足りません。
野球連盟と言っても今のところ個人の出資や寄付で成り立っています。
ということで、このブログを見て、スポンサーになってくれたり、協力してくれる方や企業さんがいましたら、横のメールフォームから是非連絡ください。
いや、とにかく少し話を聞いてみたい、ちょっと興味がある、というのでも構いません。
勿論、知り合いとかでも構いません。
もしくは、何か小さな情報やアイデアでもいいので、頂けると助かります。
これは個人的な憶測ですが、実現すれば多少はマスコミも動くと思うので、企業の宣伝にもなる?かもしれません。
日本とカンボジアの野球の架け橋に一つ協力してみませんか?
そして、いずれWBCにカンボジア代表が出場する日も。。。
是非、連絡待ってます。
馬車が走ってる

ここが球場。デコボコしてるけど、やっぱ野球場に来ると興奮する。

少しだけ練習に参加。


こんな小さい子もいる。

すぐにバテて見学。



指導するタカユキ君。
最初は言語の問題もあり、うまくコミュニケーションが取れず、色々と大変だったらしい。

彼はまだ心配しているようだけど、自分が見た限りではとても選手達に信頼されているように感じた。

ここで選手達は生活している。
部室兼宿舎。




試合後はゲームでいつも遊んでいるらしい。


手作りの打楽器。
穴を掘って、その上にタライを置いて、そこにブロックを乗せて針金を張る。
やらせてもらったけど、タライを叩いたり、針金の叩く位置を変えたり、色々場所によって音が大きく変わって、面白い音がした。
ヨサにやらせたら、調子に乗って『逆に俺が教えますよ』 とか、腹立つこと言いそう。

一緒に夕飯もご馳走になった。
近くの池?沼?で採れた魚。

一日目終了。


二日目はエキシビジョンゲーム?という名の紅白戦。


両チームで国歌斉唱したり

実況つきだったり

応援団つきだったり?で、いっちょ前




やっぱり見ているだけでは体が疼き、遊びに来ていた近所の子とキャッチボール

試合後、昼飯。

そして、またご馳走になった。

タカユキ君と。

彼らのうちの誰かが、いつか日本代表と戦う日がくれば。。。

来年2012年のロンドンオリンピックで、野球は除外される。
世界的に見ると、野球はマイナースポーツ。
ここ東南アジアでも、それはとても強く感じる。
勿論、テレビではやっとらんし、キャッチボールすらやっている人を見かけん。
そもそも野球っていうスポーツを知らん人も多いし、殆どのスポーツ店にもグローブすら置いとらん。
で、カンボジアに来てからも、ダメもとで野球をやっている場所がないか調べてた。
そしたら、カンボジアで野球連盟ができたという記事を見つけた。
そこから数日がかりで、カンボジアナショナルチームの存在と、そこで日本人がコーチをしているという情報を得た。
そして、なんとか本人とアポイントを取り会いに行ってきました。
コンポントゥモーというプノンペンから150km離れた町。
コンポントゥモー行きのバスは無いらしく、シェムリアップ行きのバスで途中下車するしかない。
英語を話せない運転手に何度も念を押し、なんとか無事に着くことができた。
今までいたシェムリアップやプノンペンとは雰囲気がまるで違う。
ローカルなカンボジア。
馬車が走ってて、英語が通じない人達。
彼(タカユキ君)は青年海外協力隊として、昨年10月からこちらに派遣された。
ここで一人で生活している彼を尊敬する。
しかも後から聞いたけど、彼は初の海外らしい。
自分が彼の年齢の時に、ここに放り出されたら、一週間で逃げ出して北熊ラーメンでも食ってたかも。
タカユキ君が迎えに来てくれて、一緒にグラウンドへ。
事前の話で、ナショナルチームといっても、とても下手だと聞いていた。
でも、実際見てみたら、想像よりはしっかり野球をしてた。
正直、試合で考えたら、もしかすると日本の中学生にも負けるかもしれん。
細かいことを言えば、ルールをちゃんと知らなかったり、基本のプレーが出来ていなかったりするから、試合単位で考えると、日本は中学生でもある程度、基本が出来ているので。
でも、彼らはちゃんと教えてくれる人も今までいなかっただろうし、野球自体を知らなかった人達で、しかも始めて間もない、と思えば、結構ちゃんと野球になってたので驚いた。
とにかく、まだカンボジア野球は始まったばかりなので、細かい部分は一つずつ積み重ねていけばいいと思う。
タカユキ君に『ちょっと教えてあげてください』と言われ、少し一緒に練習した。
そして、自分の指導のおかげで彼らは見る見る上達した。
と言いたいけど、自分のイメージと自分の体が一致せず、暴投は投げるわ、動きは鈍いわ。。。
渡れると思って車に轢かれる老人のような。
自分の情けなさに、自分も数ヶ月ここで練習したほうがいいと思うくらい。
しかし、みんなとても楽しそうにプレーしてて、練習も明るく元気にやっているし、試合では一個アウト取るだけでハイタッチして喜んで。
そういうのを見てて、野球の原点、スポーツの原点を、逆にこちらが教えられた気がした。
スポーツができるというのは平和の象徴でもあるし、こんなに楽しそうに野球をやっている青年達を見て、とにかくずっとこの国で楽しくスポーツを続けられる環境が続けばいいな、って思った。
突然の連絡、そして突然の訪問にも関わらず(しかも調子に乗って2日間も滞在)、とてもよくしてもらい、タカユキ君にはホント感謝してます。
あと、初日の夜、一緒に飲んでて、彼の一つの夢を聞いた。
彼は 『カンボジアの選手達を日本に一度連れて行きたい』 と。
カンボジアの選手達は現在、試合の相手も殆どいない。
同じチームを二つに分けて試合をしている。
自分達がどれだけ強いのか(弱いのか?)も分からない。
日本の野球を見せて、できれば高校生とかと試合をさせて、負けるかもしれんけど、それはそれで自分達の実力を測る良い機会にもなる。
そしてそれは彼らにとって良い刺激になるし、勉強にもなるはず。
プロ野球を観にいけば、その華やかさに彼らの夢も広がるかもしれない。
結論、カンボジア野球の発展に繋がる、と。
とても素敵なことだし、是非、実現させて欲しいと思う。
ただ、一つ問題が。
資金が足りません。
野球連盟と言っても今のところ個人の出資や寄付で成り立っています。
ということで、このブログを見て、スポンサーになってくれたり、協力してくれる方や企業さんがいましたら、横のメールフォームから是非連絡ください。
いや、とにかく少し話を聞いてみたい、ちょっと興味がある、というのでも構いません。
勿論、知り合いとかでも構いません。
もしくは、何か小さな情報やアイデアでもいいので、頂けると助かります。
これは個人的な憶測ですが、実現すれば多少はマスコミも動くと思うので、企業の宣伝にもなる?かもしれません。
日本とカンボジアの野球の架け橋に一つ協力してみませんか?
そして、いずれWBCにカンボジア代表が出場する日も。。。
是非、連絡待ってます。
馬車が走ってる

ここが球場。デコボコしてるけど、やっぱ野球場に来ると興奮する。

少しだけ練習に参加。


こんな小さい子もいる。

すぐにバテて見学。



指導するタカユキ君。
最初は言語の問題もあり、うまくコミュニケーションが取れず、色々と大変だったらしい。

彼はまだ心配しているようだけど、自分が見た限りではとても選手達に信頼されているように感じた。

ここで選手達は生活している。
部室兼宿舎。




試合後はゲームでいつも遊んでいるらしい。


手作りの打楽器。
穴を掘って、その上にタライを置いて、そこにブロックを乗せて針金を張る。
やらせてもらったけど、タライを叩いたり、針金の叩く位置を変えたり、色々場所によって音が大きく変わって、面白い音がした。
ヨサにやらせたら、調子に乗って『逆に俺が教えますよ』 とか、腹立つこと言いそう。

一緒に夕飯もご馳走になった。
近くの池?沼?で採れた魚。

一日目終了。


二日目はエキシビジョンゲーム?という名の紅白戦。


両チームで国歌斉唱したり

実況つきだったり

応援団つきだったり?で、いっちょ前




やっぱり見ているだけでは体が疼き、遊びに来ていた近所の子とキャッチボール

試合後、昼飯。

そして、またご馳走になった。

タカユキ君と。

彼らのうちの誰かが、いつか日本代表と戦う日がくれば。。。
